●イースター島の概況
イースター島(英:Easter Island)はチリ領の太平洋上に位置する火山島。現地語名はラパ・ヌイ(ラパ・ヌイ語:Rapa Nui)。正式名はパスクア島(スペイン語:Isla de Pascua)で、”Pascua”は復活祭(イースター)を意味する。日本では英称で呼ばれることが多い。モアイの建つ島として有名。ポリネシア・トライアングルの東端に当たる。周囲には殆ど島らしい島が存在しない絶海の孤島である。「ラパ・ヌイ」とはポリネシア系の先住民の言葉で「広い大地」という意味。4世紀頃から、同じポリネシアのマルケサス諸島から渡ってきた人が、イースター島に暮らすようになったといわれている(年代については3世紀から9世紀まで諸説あり、はっきりしていない)。化石や花粉の研究から、当時のラパ・ヌイは、世界でも有数の巨大椰子が生い茂る、亜熱帯性雨林の島であったと考えられている。
●イースター島のみどころ
オロンゴ岬 (Orongo)
鳥人を選ぶレースが行われた舞台である。そのレースでは、毎年8月~9月になると沖合いの島モツ・ヌイ(大きな島)に泳いで渡り飛来するグンカン鳥がその年最初に産み落とす卵を取ってくるという宗教行事が行われていた。卵を持ち帰った若者は1年間島民に崇拝されたという。
アキビ (Akivi)
唯一海を見ている7体のモアイがある場所として知られています。その7体のモアイは伝説の酋長・ホツマツアがイースター島を見つけるために派遣した7人の使者を祀ったものだといわれています。7人の使者、そして酋長・ホツマツアの故郷・ヒヴァの国を望んでいるので、海側を見てたっています。モアイの見つめる先は春分・秋分の日の日没方向とも重なり、美しい夕日を楽しむことができます
ビナプ (Vinapu)
精巧な石組みで知られる場所・ビナプ。南米インカ文明の石組みにも似ていることから、トール・ヘイエルダール(考古学者)はイースター島の人が南米起源であるというかの有名なコン・チキ理論を唱えました。また、女性のモアイとも言われている像もあります。その材質はプカオ(髷)と同じ赤色凝灰石でできています。
タハイ(Tahai)
アフ(祭壇)が3つあり(アフ・ヴァイウリ、アフ・タハイ、アフ・コテリク)それぞれモアイが復元されています。特にモアイ・コテリクは頭にプカオをのせ、レプリカの眼が描かれています。パイナと呼ばれる宗教儀式の舞台、住居跡・ハレパエンガ、鶏小屋・ハレモアなども見どころです。ハンガロア村からも近く、モアイの後ろに美しい夕日が沈む姿を楽しめることも多い場所です。?
ラノララク(Rano Raraku)
モアイの「製造工場」とも呼ばれるこのラノララクで、ほとんどすべてのモアイがつくられました。様々な制作過程のモアイ約400体が、1500年頃から時が止まってしまったかのように、そのままの状態で残されています。山肌から切り出される前のモアイやほぼ完成して土に埋もれているモアイなど、さまざまなのモアイをみることでいかにしてモアイがつくられていったかが、よく分かります。まさにモアイだらけの山。トイレ(管理人がいる場合はチップ:US$1がかかります)あり。
トンガリキ (Tongariki)
15体のモアイが堂々と建ち並ぶ姿はまさに壮観。ここはかつて島最大規模の集落があったであろうと推測される場所です。イースター島の東側にあるため、モアイの間に昇る太陽を眺めることができる、日の出スポットでもあります。これらのモアイは日本のクレーンメーカー・タダノの協力により修復、復元されました。またすぐ近くに1体だけ土の上にたつモアイ・ホツイティは、来日経験があるモアイ(1982年イースター島展)です
バイフ (Vaihu)
 8体のモアイがうつ伏せに倒れている場所です。すべてのモアイは17世紀中頃から19世紀中頃にかけて倒された(フリモアイ)もので、部族間の争いが主だった理由と考えられています。負けた部族の象徴でもあるモアイ像は倒され、入れられていた眼が取られ、その眼は徹底的に破壊されました。それは、眼にはマナと呼ばれるパワーがあると信じられていたからです。アフの前にはパイナと呼ばれる宗教儀式の舞台も残されています。
テピトクラ (Te Pito Kura)
伝説によると酋長・ホツマツアがこの場所にマナと呼ばれるパワーを秘めた不思議に丸い石を置き、世界の中心だと定めたといわれている。また、かつて立っていたモアイの中では最大のモアイ・パロ(9.8メートル)が倒されたまま残っています。テピトクラとは光のヘソという意味です。
アカハンガ (Akahanga)
フリモアイ(モアイ倒し戦争)によって倒されたままのモアイが、そのままの状態で残されています。かつて13体のモアイがたっており、規模の大きな集落があったと推測されています。住居跡のハレパエンガ、かまど跡のウムパエも見どころです。また、伝説の酋長・ホツマツアが葬られている場所ともいわれています。
アナケナ (Anakena)
白砂のビーチ、ヤシの林が美しいアナケナにはアフ(祭壇)が2つあます。アフ・ナウナウのモアイは砂に埋もれていたため風化が進まず、目鼻立ちがくっきりし、背中のレリーフもよく残っているのが特徴です。アフ・アトゥレフキの1体のモアイは酋長・ホツマツアを祀ったものだといわれ、1956年トール・ヘイエルダール指揮のもと再び起こされたモアイです。観光客のみならずハンガロア村の人もピクニックに訪れるため、飲み物や軽食を売る露店やトイレ(管理人がいる場合はチップ:US$1がかかります)もあります。
アナテパフ (Ana Te Pahu)
海底火山の隆起によりできたイースター島にはところどころに洞窟があいています。偶然にもアナとは洞窟の意味です。その中でもこの洞窟は最大規模で、全長約900メートルあります。このアナテパフにはかつて人も住んでいたと推測されています。その証拠にかまど跡も残されています。また、19世紀にたびたびやってきた奴隷狩りから逃れる為、人が隠れていたともいわれイースター島の歴史を語るうえで重要な洞窟でもあります。