●グアテマラ遺跡の概況
紀元前15世紀には、沿岸部に農耕民の存在したことが確認されている。先古典期中期初頭の紀元前900年頃に、パシオン川流域のセイバルとアルタル=デ=サクリフィシオスに集落が形成された。先古典期後期には、紀元前500年以降には、ペテン低地にワシャクトゥンやエル=ミラドールなどのマヤ都市が出現する。古典期には、378年にティカルにメキシコのテオティワカンゆかりの強力な王朝が建てられ、メキシコ、カンペチェ州のカラクムルと「優越王」として覇を争うようになる。一方グアテマラの高地には、先古典期後期にイサパ文化の影響を受けたアバフ=タカリク、エル=バウル、カミナルフューなどの祭祀センターがきずかれた。古典期になるとカミナルフューもテオティワカンに征服される。エル=バウルを含めた周辺区域にはナワ語系のピピル族によると言われるコツマルワパ様式の祭祀センターが築かれた。後古典期にはいると、11世紀頃から北方のチチメカ人が侵入してきた。その影響を受けてキチェー王国やカクチケル王国にチチメカ様式の影響を受けた都市が築かれた。10世紀初頭までにペテン低地の祭祀センターは放棄されたが、グアテマラ高地のマヤ系諸王国はスペイン人に征服されるまで存続した。
●グアテマラ遺跡のみどころ
アンティグァ・グアテマラ (Antigua Guatemala)世界遺産
都アンティグァ・グアテマラは、首都グアテマラ・シティの西40kmにある富士山のような形をしたアグア火山など3つの山に囲まれた標高1520mの古都です。
アンテイグア・グアテマラとは「古き良きグアテマラ」の意味です。大聖堂がそびえる中央広場を中心に碁盤の目のように道路が敷かれ、広場を囲んで、旧グアテマラ総督の宮殿、ラ・メルセー教会、修道院やコロニアル風の建物が静かにたたずみ、石畳の美しさが印象的です。中米ではもっとも華やかな都市として栄えましたが、1773年の大地震による崩壊で、首都がグアテマラ・シティに移されました。
ティカル国立公園 (Tikal National Park)(世界遺産)
ティカル国立公園は、マヤ文明最大最古の都市遺跡で、グアテマラ北東部のペテン州の密林地帯にあります。都市部にあたるエリアだけでも約16平方kmありますが、4000以上の建物跡を含め、小さな建造物が散在しているため、遺跡全体としては、120平方kmもの広さがあります。テオティワカン文化の強い影響を受けている古代都市・ティカルには、紀元前から人が住んでいたとされ、3~8世紀には周辺を従え、マヤ古典期の初期から中心都市として栄えましたが、10世紀頃になると他の低地マヤ諸都市のように捨てさられてしまい、その理由は未だ解明されていません。
キリグアの遺跡公園と遺跡群 (Archacological Park and Ruins of Quirigua)
キリグア遺跡公園は、グアテマラの東に位置するホンジュラスのコバンの北50㎞モタグア川の湖畔の密林地帯にある古代マヤ文明の遺跡です。その後738年、コパン13代王はカオヤックスカイに殺される。
キリグアの立派なステラはそのコパンを倒した勢いで作られたもの(砂岩)らしいことがステラの内容から分っています。従って、遺跡のステラは全て738年以降のものということになります。
イシムチェ遺跡(テクパン・グアテマラ)
グアテマラシティから西へ車で時間、アティトラン湖に近いテクパン市郊外の標高2,260mの山岳地帯にイシムチェの遺跡がある。 カクチケル族の中心都市だったイシムチェは三方を急峻な山に囲まれた城砦都市だ。残虐さで名高いスペイン人アルバラードはこの地方を征服するにあたって両部族間の確執を利用したという。テクパンはグアテマラ征服を果たしたアルバラードが最初の活動拠点に定めた町であり、グアテマラ初の首都だったと言えるのかも知れない。 
ワシャクトゥン遺跡(ペテン地方) (Uaxactun)
ティカル遺跡から24km。ワシャクトゥンとは8つの石の意味であり、ワシャクトゥン遺跡の広場には、天文台となる3っつのピラミッドと観測用のピラミッドがある。ワシャクトゥンのステラには、ティオティワカンの制覇者がティカールの王を殺し、ワシャクトゥンの王になったという内容が書いてある。このワシャクトゥン遺跡は紀元前200年から西暦300年頃にかけて繁栄したとされており、1926年に本格的な調査が始まった。「8っつの石」=ワシャクトゥンを表すステラにその時の王が特筆すべき事項の内容を彫っていたため、どの年代に何があったのか判明してきている。
ヤシャ遺跡(ペテン地方)(Yaxha)
通称イグアナ公園。小さな公園であるが、200匹を超えるイグアナが公園のいたるところに生息しており、太陽が昇り気温が上がるとイグアナが活動し始める。木の上でのんびりと日向ぼっこを楽しむのもいるし、地面の上をのそのそと歩いているのもいる。公園内は自由に歩き回ることが出来、公園で売っているビスケットを餌としてあげると沢山のイグアナが集まってくる。この公園のイグアナは自然に繁殖したもので、公園で飼っているものではないようだ。
セイバル遺跡(ペテン地方) (Ceibal)
ペテン県パシオン川のほとりに位置し、マヤの聖なる木セイバがたくさんある場所という意味を持つ遺跡である。紀元前、古典期と栄え、ティカル遺跡をはじめ、他の神殿都市が衰退した後も存在し続けたセイバル遺跡。メインの広場には、この地域最後の時代の石碑(889年)も残っている。刻んだのはメキシコ湾岸のチョンタル・マヤ族、またはプトゥン族などといわれている。
サクレウ遺跡(ウエウエウテナンゴ県)(Zaculeu)
通称イグアナ公園。小さな公園であるが、200匹を超えるイグアナが公園のいたるところに生息しており、太陽が昇り気温が上がるとイグアナが活動し始める。木の上でのんびりと日向ぼっこを楽しむのもいるし、地面の上をのそのそと歩いているのもいる。公園内は自由に歩き回ることが出来、公園で売っているビスケットを餌としてあげると沢山のイグアナが集まってくる。この公園のイグアナは自然に繁殖したもので、公園で飼っているものではないようだ。
ミシュコ・ビエホ遺跡(グアテマラ市付近)(Ruinas de Mixco Viejo). 
現在はヒロテペケス・ビエホと呼ばれているカクチケル族の王国のあった場所。後古典期に栄えた城壁都市で、広大な敷地に遺跡が点在している。スペイン人が入り、キチェ族、カクチケル族が配下に置かれた後も、独自の王国を維持し続けた。この奥深い谷がこの王国を守っていたことが分かる。アクセスがしにくい場所であるが、手入れが行き届いているので行って見る価値がある。
カミナル・フユ遺跡(グアテマラ市)
カミナルフユ死者の丘(死者の魂がいつかよみがえるところ)を意味するはグアテマラシティの西のはずれにあり、神殿や住居が“粘土”で造られていたために「土のマヤ」と呼ばれる。紀元前10世紀頃からここに人々の定住が始まり、紀元前5世紀には粘土を固めた神殿が築かれ始めたようだ。日本の企業が中心となって出資し、1991年から1993年にかけて発掘調査されたところである。グアテマラ・シテイの住居街にある古代マヤの遺跡公園となっている。