●メキシコシティの概況
メキシコ最大の都市であり、2011年の近郊を含む都市圏人口は1,956万人であり、世界第9位である。メキシコのみならずラテンアメリカの経済の中心地の一つであり、2008年の都市圏GDPは3,900億ドルである。これはラテンアメリカではサンパウロを凌ぎ第1位であり、世界でも第8位と高い位置につけている。2012年、アメリカのシンクタンクが公表したビジネス・人材・文化・政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいて、世界第34位の都市と評価されており、ラテンアメリカではブエノスアイレスやサンパウロと並びトップクラスであった。
行政上の正式名称は、連邦区 (Distrito Federal、D.F.) 。D.F.(デ・エフェ)と呼ぶ人はメキシコ北部に多い。アステカ王国のかつての首都テノチティトランでもあった。
●メキシコシティのみどころ
テオティワカン (Teotihuacan)
テオティワカン人の宇宙観、宗教観を表す極めて計画的に設計された都市で太陽のピラミッド、月のピラミッドそして南北5キロにわたる道(「死者の大通り」)が基点となり各施設が配置されている。この都市で祀られた神々は、農業・文化と関係深いケツァルコアトルや水神トラロック、チャルチウトリケ、植物の再生と関係あるシペ・トテックなどである。古代都市に固有の城壁が存在しないことから戦争や圧政のない平和な都市と考えられていたが、近年の発掘調査の結果から、多数の殉教者、生け贄を捧げる風習が存在したことが判明し、戦士の壁画も発見されている。社会についてはあまり知られていないが、規模から考えると神権的な権威が存在し、高度に階層が分化し、発達した統治組織があったものと推測されている。市内には職人の地区が設けられ、盛んな商業と交易の中心地であり、農民たちの巡礼となって集まる信仰の中心地でもあった
メキシコシティ・メトロポリタン大聖堂(Catedral Metropolitana de la Ciudad de Mexico)
スペインの建築家en:Claudio de Arciniegaとen:Juan Miguel de Agueroがデザインした。ルネサンス、バロック、新古典主義様式が採用されている。1513年に建設が始められた。1614年に支倉使節団が訪問している。建設開始から300年を経て、1818年に完成した。ハプスブルク家出身の皇帝マクシミリアン1世が1864年にここで戴冠式を行っている。プルタルコ・エリアス・カリェス大統領がカトリック教会を迫害し始めたとき、教皇ピウス11世はメトロポリタン大聖堂を閉鎖する事を決め、再開されたのは1930年だった。1962年には火災にも見舞われた。2007年にも民主革命党の支持者によって襲撃される事件が発生した。2008年、建設当初に隠されていたタイム・カプセルが発見され話題となった。
ベジャス・アルテス宮殿(Palacio de Bellas Artes)
ベジャス・アルテス宮殿は、メキシコの首都メキシコシティに位置するオペラハウス。メキシコ国立芸術院などとも表記される。宮殿は1901年にイタリアの建築家、アダモ・ボアリによってデザインされたものだが、壮観なアール・デコ様式の内観と壮麗なアール・ヌーヴォー様式の外観は、1934年になるまで建設が終了することはなかった。竣工以来、その建物全体の重量により、年々数センチメートルずつ地面へ沈下している。ポルフィリオ・ディアスが30年間に渡ってメキシコを統治していた19世紀末から20世紀初頭、一帯はヨーロッパの芸術や様式、習慣など真似る際立った傾向があった。この傾向に続いて、新しい国立劇場の建設案が取り決められ、1904年10月1日にこの新しい建造物の建設が開始された。設計はイタリアの建築家、アダモ・ボアリが担当し、当時ヨーロッパの劇場ではありふれていた最新技術が使用された。
テンプロ・マヨール(アステカの中央神殿)(Ruinas Aztecas Tmplo Mayor)
1913年工事中にアステカ神殿の墓底部や蛇の彫刻が発見され、ここがアステカ帝国最後の最大都市テノチティトランの中央神殿跡であることが証明されました。テンプロ・マヨール博物館が隣接しています。アステカ時代の建造物は、征服者のスペイン人により殆どが破壊されました。神殿等の石を使ってメトロポリタン大聖堂や国立宮殿が造られ、他の遺跡は破壊されて、まだ地下深くに眠っていると思われます。この町は湖上に人工的に建築されていますので、地盤がとてもゆるくて、遺跡全体が周りの道路よりも沈んでいるのが分かります(石を大量に使った重たい大聖堂も傾き始めている)。
国立人類学博物館 (Museo Nacional de Antropologia )
このメキシコ国立人類学博物館の最大のみどころがアステカの展示コーナーで、その中心が巨大な石に彫り込まれたアステカの歴をデザインした太陽の石「アステカ・カレンダー」だ。メキシコシティの市内観光の中でも必見スポット。メキシコの豊富な古代遺産と民俗学の研究を見ることができる。1階には、オアシカやテオティワカン、アステカなど古代文明の遺跡が展示されている。数々の素晴らしい石像や神殿は、古代史ファンならずとも興味深い。特に第7室のメシカは、アステカ帝国について展示されていて観光客に人気。入ってすぐにある巨大な石板「太陽の石」や蛇のスカートをまとった「コアトリクエ像」など芸術的に優れた石像が並んでいる。2階は現代のインディオ諸部族の生活様式や文化について展示されていて、見ごたえ十分。
ソチミルコ (Xochimilco)
ソチミルコは、メキシコの首都メキシコシティ(連邦区)内にある16の行政区(delegaciones)の一つ。メキシコシティ中心部からは南へ28Km離れている。北はコヨアカン(Coyoacan)、トラルパン(Tlalpan)、イスタパラパ(Iztapalapa)の各区に、西はトラウアック区(Tlahuac)に、南東はミルパ・アルタ区(Milpa
Alta)に接している。人口は404,458人(2005年)。
ソチミルコはアステカ以来の伝統を色濃く残す町で、メキシコシティの巨大化で完全にその一部となった現在も独特の雰囲気を残す。ソチミルコの運河を行くトラヒネラと呼ばれる小舟はかつてメキシコ盆地内の重要な交通手段であったが、現在では観光資源となり多くの観光客を乗せている。