2014 FIFAワールドカップ・ブラジル・都市のみどころと現地ツアー

サンパウロ - アレナ・デ・サンパウロ競技場  World cup Topへ
スタジアム名:Arena de Sao Paulo
都市名: Sao Paulo
建設年:2014
収容人数:65,807

試合日程(現地時間)
06/12 17:00 A
ブラジルXクロアチア
06/19 16:00 D ウルグアイXイングランド
06/23 13:00 B オランダXチリ
06/26 17:00 H 韓国Xベルギー
07/01 13:00 FE 本戦
07/09 17:00 W59W60 準決勝

サンパウロのみどころ
南米最大の近代都市サンパウロは中高層ビルの数ではニューヨークを凌ぐと言われている。サンパウロの人口は約1,500万人でブラジル全人口の12%が集中しており、国民総生産の50%を生み出している。名実共にブラジル経済の中心地であり、世界中の金融機関、テレビやラジオそして新聞などの報道機関が集中している南米最大の大都市である。サンパウロのもう一つの魅力は世界中からの移民者が多く、人種の坩堝と言って過言でない。かと言って人種の差別がある訳でなく、その中で日本人移民の歴史も2008年6月に100周年を迎えることになった。日系人も既に5世、6世が生まれる時代を迎えており、140万人に達した日系ブラジル人も混血が進み、ブラジル人としての地位を固めている。また世界各国のレストランがサンパウロには存在しており、本物志向の味を楽しむことが出来るのでグルメには最高の街である。
ブタンタン毒蛇研究所 (Instituto Butanta)
南米一の規模を誇る毒蛇、毒グモの血清研究所。構内には、付属の生物博物館には407種類、8万匹に及ぶ毒蛇、毒グモなどの標本が収集されている。時間によっては所員が毒蛇を持ち出し、目の前で実際に毒を採取してくれることもあるとか。、また、野外には蛇園があり、いろいろなヘビが自由に動き回っている姿を見ることが出来る。木の上を良く見るとヘビが眠っていたり、脱皮したばかりのヘビを観察することも出来る。
イビラプエラ公園 (Parque do Ibirapuera)
サンパウロ市政400年を記念して造られた公園で日本庭園や近代美術館、大小の池、スポーツフィールド、ジョギングコースなどがある。建築家のオスカー・ニーマイヤーと造園家のプレレ・マルクスによって設計された。週末には多くの家族連れやスケートボード、サイクリングなどを楽しむ人で一杯になる。園内には様々な水鳥の群れを見ることが出来、のんびりと美術館めぐりや様々な施設を楽しむことが出来る。
バンデイラス記念像 (Monumento dos Bandeirantes)
植民地時代にブラジル奥地を探検し、サンパウロの基礎を築いた奥地探検者達を讃え巨大な石像をイビラプエラ公園内の入り口に設置したビクトール・プレヘレーの作品。バンデイラスとはこうした探検家たちのことを言う。前方の馬上にはポルトガル人の団長、そして案内のインディオ。その後ろにインディオ、黒人、ポルトガル人、マメルコス(白人とインデェイオの子)のグループが探検に使われたモンスのカヌーを引っ張っている。
日本館 (Pavilhao Japones)
公園の近くに建つ純日本建築で桂離宮を模し、日本から材木や瓦などを全て運んで日本人の手によって建造された。老朽化した建物を日本の工務店がボランティアで日本から材料と瓦を運び、大工や瓦職人を伴って来伯して修復にあたったこともある。館内には日本が、屏風、雛壇などが展示されており、庭園には錦鯉が200尾も飼育されている。改めて日本建築の良さを外国で見せられた思いがする場所でもある。
サンパウロ美術館 (Museu de Arte de Sao Paulo – MASP)
中世以降の世界の絵画1000点を集めた美術館で、パウリスタ大通りの中央に面したところにある。この美術館は4本の柱のみで真ん中に柱が1本もない。地震大国である日本では考えられない建築物だ。ヨーロッパの有名が画家のしかも教科書などで見慣れた絵画が目の前で見ることが出来るので絵画等に興味のない人でも一見の価値がある。日曜日には美術館の下で骨董市が開かれ、掘り出し物を見つけることもある。
カテドラル・メトロポリターナ (Catedral Metropolitana)
地下鉄セー広場駅から近い場所にあるこの大聖堂は1954年に40年の歳月をかけて完成したもので、正面左右に二つのゴチック様式の尖塔が建ち、真ん中のドームは直径27m.、高さ65m.といった大きな聖堂である。収容人数も約8000人が入ることが出来ると言われ、中に入るとブラジルの歴史を描いたステンドグラスが飛び込んでくる。教会の内部は敬虔な信者でいつも溢れており荘厳な音楽とともにカトリック司教の祈りが響き渡っている。フラッシュをたくなどの写真撮影は遠慮した方が良い。
東洋人街 (Bairro Oriental, Feira Oriental)
地下鉄リベルダーデ駅付近からガルボン・ブエノ通りをメインストリートとして東洋人街が始まる。通りには提灯型の街灯が鈴なりに並び、日本食を売るスーパーマーケットや小売店が並ぶ。着物や仏壇、日本の本を売る本屋、魚屋、日本食レストランや居酒屋、不動産屋から旅行社まで生活に必要な全てがここでは見つけることが出来る。日本語の新聞(ニッケイ新聞、サンパウロ新聞)も界隈にある。近年、サンパウロ市が街の美化運動に乗り出し、多くの看板を撤去さたり、日本人の店がが韓国人や中国人にとって代わったりして寂しさを感じる。
ブラジル日本移民史料館 (Museu Historico da Imigracao Japonesa no Brasil)
日伯文化協会ビルの7-9階にある史料館は1978年移民70周年を記念して開館した。日本人移民の生活様式や生活用品を伝える貴重な歴史博物館でもある。館内には1908年に笠戸丸から始まった移民の歴史や移住地の生活、植民地建設、生活の工夫、近郊農業、都市生活、産業の育成、企業の進出などテーマを年代順に設けて説明をしている。上階に行くほど歴史が新しくなり、9階は第2次世界大戦後のコーナーとなっている。
イピランガ公園 (Parque da Ipiranga)
セー広場から南東4kmのところにあるイピランガの丘にある公園で園内にはドン・ペドロ1世が独立を宣言する勇姿を表現した像があり、市民の憩いの場になっている。1822年9月17日、ドン・ペドロ1世はここで「独立か死か」と叫び本国ポルトガルからの独立を宣言した。この巨大な台座の上にはドンペドロをはじめ、腹心の兵士ら131体のブロンズ像が並び、台座の下にはドン・ペドロと王妃の遺骸が安置されている。1922年の独立100年祭の時に建造された。
パウリスタ博物館 (Museu Paulista)
イピランガ公園に接しており、近代サンパウロの歴史的遺品や資料が中心に展示されている。特に貴族の生活用品、旧式銃なども見ることが出来る。2階正面の部屋には「独立か死か」と宣言をしたドン・ペドロ1世の大絵画を見ることが出来る。1895年の開館でベルサイユ宮殿を模した元ポルトガル貴族の屋敷で、博物館前には幾何学模様の美しい庭園が広がっており、良く手入れが施されている。周辺の樹木も大きく時期によっては花を楽しむことも出来る。
ワールドカップ観戦とサンパウロ
イビラプエラ公園・開拓者の像 カテドラル・セー大聖堂と広場